「教師=ブラック」という言葉に、少しだけ違和感があります
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「教師はブラックだ」という言葉を、よく目にします。
SNSのタイムラインでも、ニュースの見出しでも。
教員の離職率、精神疾患による休職者数、部活動の長時間拘束。
数字やデータで語られる現場の厳しさは、嘘ではありません。
私も高校の教員として、その現実の中にいます。
だからこそ、その言葉の持つ力と、その言葉が覆い隠してしまうものについて、少しだけ書いておきたいと思います。
問題があることは、否定しません
最初に断っておきます。
教師の働き方に問題がないと言いたいわけではありません。
苦しんでいる先生の声を否定したいわけでもありません。
実際に、長時間労働で疲弊している先生はいます。
心を病んでしまう先生もいます。
部活動、保護者対応、事務作業、授業準備、生徒指導。
現場に負荷がかかりすぎている部分は、間違いなくあります。
業務量の削減も、待遇の改善も、絶対に必要です。
ここは誰が何と言おうと、変えなければいけない部分です。
ただ、それでもなお、「教師はブラック」と一言でまとめてしまうことには、慎重でありたいと思っています。
一色で語ることの危うさ
教師という仕事を「ブラック」とだけ語り続けると、何が起きるか。
これから教師になりたい若者の背中を、押せなくなります。
本当は教育に向いている人。
子どもに関わることが好きな人。
授業を作ることに喜びを感じられる人。
そういう人たちが、「教師はやめておこう」と最初から選択肢を外してしまいます。
それは、教育現場にとっても、子どもたちにとっても、社会にとっても、もったいないことです。
もちろん、問題を隠すべきだとは思いません。
でも、問題を伝えることと、職業そのものに絶望のラベルを貼ることは、少し違うと思うのです。
現場の問題を見ない楽観論にも、教師という仕事を絶望だけで語る悲観論にも、私は少し距離を置きたいです。
現場のグラデーション
私自身の話をします。
私はかなり意識して、働き方を調整しています。
部活動で長時間拘束されないようにしています。
できるだけ定時で帰れるように、日々の仕事の組み方を考えています。
出てきた仕事は、出てきた瞬間に片付けます。
放置すると、仕事は雑草のように増えていくからです。
土日は基本的に休めています。
今日も、午後から年休を取り、自分の子どもの中学校のオープンスクールに行くことができました。
家族の行事に参加できる。
これは、私にとってとても大きなことです。
ただし、これはすべての先生が同じようにできるという意味ではありません。
学校の規模、担当する業務、部活動の種類、管理職の方針、地域性。
これらによって、働き方はまったく違います。
工夫しながら、持続可能な働き方を作っている教師もいれば、構造的にそれが難しい環境にいる教師もいます。
だからこそ、「教師は全員ブラックです」とは言えませんし、「教師はブラックではありません」とも言えません。
現場には、もっとグラデーションがあります。
白か黒かではなく、濃い灰色の学校もあれば、薄い灰色の学校もあります。
そして、同じ学校の中でも、担当業務や立場によって見えている景色が違います。
この「グラデーション」を無視して、一色で語ってしまうと、現場のリアルからどんどん離れていきます。
それでも残したい希望
教師という仕事には、大変な面があります。
これはごまかせません。
業務量の削減、部活動の見直し、待遇改善、事務作業の効率化。
改善しなければいけないことは、山ほどあります。
でも同時に、教師という仕事には、他の仕事ではなかなか味わえない瞬間もあります。
子どもたちの変化を、すぐ近くで見られること。
授業を通じて、誰かの世界の見え方が少しだけ変わる瞬間があること。
何年も経ってから、「あの授業を覚えています」と言われること。
そういう瞬間があるから、続けられる先生もいるのだと思います。
私自身も、そういう瞬間に何度も支えられてきました。
華やかな瞬間ではありません。
派手な成功体験でもありません。
でも、確かに手触りのある、静かな手応えです。
だから私は、「教師はブラックだ」と言い切るよりも、こう伝えたいです。
教師は、ブラックな働き方に陥る危険がある仕事です。
でも、教師という仕事そのものが、すべてブラックなわけではありません。
問題を直すことと、希望を語ること
「教師はブラック」と叫ぶだけでは、教育現場はよくなりません。
問題を直すこと。
そして、教師という仕事の希望を語ること。
この両方が必要です。
どちらか一方だけでは足りません。
問題を直さなければ、現場は持ちません。
でも、希望を語らなければ、次の世代がこの仕事を選んでくれません。
現場の問題を直しながら、それでもこの仕事の価値や希望を、次の世代にちゃんと伝えていきたいです。
それが、今も現場に立ち続けている私にできることだと思っています。
完璧な答えは持っていません。
でも、問題も希望も、両方を見つめながら、この仕事を続けていきたいです。
それではまた。







