校則の意味
#002
「なんで校則があるの?」
生徒にこう聞かれたこと、ありませんか。
高校教師をしていると、一度は飛んでくる質問です。
親として、子どもから聞かれることもあるかもしれません。
私はまずこう答えます。
どんな集団にも決まりはあるよね。
会社にも、スポーツチームにも、家庭にも。
学校だって例外ではないよ、と。
そして、みんながその決まりを守ることで、
みんなが学校生活を過ごしやすくなっているのであれば、
校則は必要なものだと言えます。
ここまでは、おそらく多くの先生が同じように答えるのではないでしょうか。
合理的に説明できないルール
ただ、個々の校則に目を向けると、話が変わってきます。
中には、合理的に説明できないものがあります。
たとえば、頭髪や服装に関するルール。
髪型、化粧、アクセサリー。
はっきり言えば、個人の自由です。
私も本音ではそう思っています。
でも、多くの学校ではそれを禁止しています。
そして、その理由を生徒に聞かれると、
教師の答えは大体こうなります。
「風紀が乱れると勉強が疎かになる」
「集団としての秩序が保てなくなる」
正直に言うと、これを説明するとき、
私自身、ちょっと苦しい言い訳をしているような気持ちになることがあります。
でも、それって本当でしょうか。
そんな疑問を持っている生徒や保護者は、少なくないと思います。
そして実は、教師の中にも同じことを感じている人がいます。
私もその一人です。
根拠なきルールの正体
ここで正直に言わせてください。
頭髪服装のルールがあることで成績が上がった、
あるいは集団の秩序が保たれた。
そういったデータを、私は一度も見たことがありません。
経験則や「たぶんそうだろう」という予測のもとに、
何となくそう信じている場合がほとんどです。
同じように、そうしたルールを廃止したことで成績が下がった、
秩序が崩れた、というデータも見たことがありません。
つまり、根拠がないまま続いているルールがあるということです。
では、いっそのこと頭髪服装に関する校則を全部なくせばいいのではないでしょうか。
そんな意見が出てきても、おかしくありません。
進学校にしか「自由」はないのか
実際、全国の中学校の中には、そういった取り組みを始めたところもあります。
高校に至っては、そもそも校則が存在しない学校もあります。
ただ、ここに一つ気になる事実があります。
校則がない学校、あるいはかなり緩い学校。
そのほとんどが、いわゆる進学校です。
つまり、勉強のできる生徒が集まっている学校です。
では、そうでない学校の生徒に自由を与えたら、
何か良くないことが起きるのでしょうか。
そうかもしれません。
でも、そうでないかもしれません。
正直、やってみないとわかりません。
それでは、進学校ではない全日制の普通科で、
頭髪服装の校則がない学校はあるのでしょうか。
私の知る限り、聞いたことがありません。
なぜか。
教師が変えられない本当の理由
ここからが、この話の一番大事なところです。
教師が「校則をなくしてみよう」とならない理由。
それはおそらく、とてもシンプルです。
自分で責任を取りたくないからです。
その取り組みがうまくいっても、金銭的なリターンはありません。
昇給するわけでもなければ、ボーナスが増えるわけでもありません。
しかし、もし学校が荒れてしまったら。
その責任は、言い出した人間が負うことになります。
つまり、ハイリスク・ローリターンです。
そんな挑戦をしようという教師がいないのは、
考えてみれば、至極当然のことなのかもしれません。
これは教師個人の怠慢ではありません。
仕組みの問題です。
挑戦しても報われない構造の中で、
リスクだけを背負って変化を起こそうとする人は、
どんな組織でもなかなか現れません。
あらゆる組織に潜む罠
会社でも同じではないでしょうか。
「この会議、本当に必要ですか」
「この報告書、もっと簡略化できませんか」
「このルール、形骸化していませんか」
そう思っている人は、たくさんいるはずです。
でも、言い出した人が矢面に立つ。
成功しても特に評価されず、失敗したら責任を問われる。
だから、みんな黙って現状維持を選びます。
「おかしい」と思いながらも、波風を立てない方が合理的だからです。
校則の話に限らず、
「このルール、意味あるのかな」と思いながらも変えられない状況は、
あらゆる組織に存在しています。
誤魔化さずに、向き合う
私自身、すべての校則に納得しているわけではありません。
でも、生徒に「なんで?」と聞かれたときには、
誤魔化さずに向き合うようにしています。
「合理的に説明できないルールも、正直あるよ」と認める。
その上で、「ルールがある以上は守ることにも意味がある」と伝える。
そして、「納得できないなら、正しい手続きで変えていこう」と一緒に考える。
完璧な答えではありません。
でも、少なくとも生徒は「誤魔化されなかった」と感じてくれているように思います。
こうして一つひとつ、正直に向き合っていくこと。
それが今の私にできる精一杯のことです。
私はこのやり方でうまくいきました。
もしよかったら試してみてください。
それではまた。





